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第1話序・本編・実験ノート根拠の強さ:中

Apple Watchは、秋になると褒めてくれる

2か月半でVO2maxが7.9%上がった。もう一つの時計は横ばいだった。胸ストラップの記録を掘り返すと、上昇の大部分は気温で、3分の1ほどが本物だった。

走るとき、腕には時計が2つ付いている。Apple Watch Ultra 3は風呂以外ずっと着けていて、心拍や睡眠を記録している。SUUNTO Race Sは、山で地図を見るために買った。

7月の終わり、Ultra 3がiPhoneのヘルスケアに出したVO2maxは39.4だった。10月半ばには42.5。2か月半で7.9%の上昇である。体重は変わっていない。1964年生まれとしては、なかなかの話である。

同じ期間、SUUNTOのVO2maxは、8月も10月も49前後のままだった。

2つの時計の、どちらかが話を盛っている。

VO2max推定値の2時点比較Apple WatchSUUNTO404448527月末10月中旬Apple Watch 39.4Apple Watch 42.542.5SUUNTO 49.0SUUNTO 49.049.039.449.0+7.9%横ばい
Apple Watchは2か月半で7.9%上がり、SUUNTOは49前後のままだった。データ:ヘルスケア(Apple Watch)、FIT(SUUNTO Race S)

時計はVO2maxを測っていない

どちらの時計も、吸った酸素の量は測っていない。Appleの開発者向け資料によれば、Apple WatchのVO2maxは、屋外で歩いたり走ったりしているときの心拍の反応から推定される。勾配5%未満の平らな道で、心拍が安静時のおよそ1.3倍以上になったときに計算され、最大心拍は実測ではなく推定値を使う[1]。

つまり時計が見ているのは、「この速さを、何拍で走ったか」である。同じ速さを低い心拍で走れば、VO2maxは高く出る。

絶対値も当てにならない。30人を検査室の測定と比べた研究では、Apple Watchは平均で6ポイントほど低く推定していた[2]。だから私は、絶対値は見ず、上がったか下がったかだけを見ている。問題は、その「上がった」が本物かどうかだ。

暑い日の心臓は、冷却水ポンプを兼ねている

暑いと、体は熱を逃がすために皮膚へ血液を回す。筋肉への血液も減らせないので、心臓は拍数を上げて帳尻を合わせる。持久系の若い男性10人に45分間自転車をこいでもらった実験では、35℃では15分から45分の間に心拍が11%上がり、22℃では2%しか上がらなかった[3]。暑さによる心拍の上昇は、体の深部の温度が上がり始めるより低い気温で、もう始まることも報告されている[4]。

この夏から秋にかけて、横浜の気温は約35℃から23℃まで下がった。時計の目から見ると、夏は同じ速さでも心拍が高いので「弱い」、秋は心拍が下がるので「強くなった」となるはずだ。

胸の証人に聞く

胸ストラップは、心臓の電気信号を直接拾う。50人の運動中の心拍を心電図と比べた研究では、胸ストラップの一致度が最も高く、Apple Watchもそれに近かった[8]。心拍の測り方に大きな差はない。違いは、その心拍をどう使うかにある。この証人が証言を拒んだのは、これまでに一度だけ、スイスの山の上でのことだ。

SUUNTOと胸ストラップで記録したランの元データ(FITファイル)から、平らな道を一定の速さで走った区間だけを抜き出し、同じ速さ・同じ経過時間での心拍をランごとに計算した。それを気象庁の横浜の気温[7]と並べた。

まず14本で計算すると、同じ速さでの心拍は8月から10月の間に8〜10拍下がっていて、その大部分は気温で説明できた。気温の分を除いた残り、つまりトレーニングで心拍が下がった分は80日で−3.5拍だったが、偶然の範囲を出なかった。

ここで「体力は変わっていない」と書きかけた。

本数を30本に増やし、期間を5月まで広げ、前日に走った時間も条件に加えて計算し直した。トレーニングの効果は、30日あたり−1.2拍。80日に直すと−3.3拍で、14本のときとほとんど同じ数字だった。違ったのは確かさで、今度は偶然では説明できない大きさになった(95%信頼区間 −2.1〜−0.3拍)。数字は変わらず、確かさだけが変わった。

同じ条件(1km6分25秒・平坦・20℃・前日は走っていない)での心拍は、5月の145.0拍から10月の138.5拍になった。

逆に、気温の効果は1℃あたり0.81拍から0.55拍に下がった。14本の計算では、夏に体力が低かった分まで気温のせいにしていた。

80日あたりの心拍の変化の推定値と95%信頼区間-12-8-40+4変化なし14本(8〜10月)14本(8〜10月):-3.5拍(-10.8〜3.8)-3.5拍30本(5〜10月)30本(5〜10月):-3.3拍(-5.6〜-0.8)-3.3拍80日あたりの、同じ速さでの心拍の変化(拍)
推定値はほぼ同じで、幅だけが縮んだ。30本では幅がゼロをまたがない。横線は95%信頼区間(14本は標準誤差3.7から換算)。データ:FIT原本(SUUNTO Race S+胸ストラップ)、気象庁 横浜

褒め言葉の内訳

8月から10月に下がった心拍8〜10拍のうち、約3拍はトレーニングによる本物の低下で、残りの大部分は気温である。Apple Watchの+7.9%をこの比率で分けると、3分の1ほどが実力、3分の2ほどが気温のお世辞になる。ただしAppleの計算式は公開されていないので、これは仕組みから考えた推論である。

SUUNTOは、この3拍にも反応していなかった可能性がある。計算方法は公開されておらず、公式の説明は「15分以上のランまたはウォーキング中の心拍の反応から推定する」程度にとどまる[5]。Apple Watchは盛りすぎ、SUUNTOは控えめすぎたのかもしれない。どちらの時計も、変化をそのまま映してはいなかった。

解析役は、二度間違えかけた

一度目は、集計サイトの要約データを胸ストラップの記録だと取り違えた。二度目は、「見つからない」を「ない」と読みかけた。どちらも、解析を手伝わせている生成AIである。測定の話で一番当てにならないのは、時計より解析役の思い込みかもしれない。

Q. じゃあ、3分の1は確かに本物?

A. そう言える可能性が高いが、留保が一つある。この5か月は練習の負荷を少しずつ増やしてきた時期と重なっていて、負荷が高い時期には一時的に心拍が下がることも報告されている。本物の改善のうち、一部はそうした一時的な分かもしれない。

ウェアラブルの記録3,361本を集めた分析では、暑い日でも同じペースでの心拍はほとんど上がらず、代わりにランナーが自然と遅く走っていたという結果もある[6]。この場合も、同じ心拍で遅くしか走れていないので、時計の推定は下がる。どちらの道を通っても、夏はVO2maxが低く出やすい。なお、これは査読を経ていない企業の分析である。

次の練習で試すこと

Apple WatchのVO2maxを比べるなら、季節をそろえる。今年の10月は去年の10月と比べる。ランの日の気温を書き留めておくと、夏の心拍に一喜一憂しなくて済む。私の場合、気温1℃あたり約0.5拍だった。

逆に言えば、春から夏にかけて、Apple WatchのVO2maxは体力と関係なく下がって見えるはずだ(推論)。この予言が当たるかどうかは、第30話で確かめる。

根拠の強さ:中

1人・30本の観察である。30本の分析では、気温を横浜の日ごとの最高・最低気温から推定している。暑さで心拍が上がる仕組みは実験で確かめられているが、対象は若い男性の自転車運動[3]で、60代のランナーに同じ大きさで当てはまるかは分からない。心拍計の比較研究[8]の対象は平均29歳で、トレッドミルで手すりを握った状態だった。

この回の数字の出どころ

参考文献

  1. Apple Developer Documentation. HKQuantityTypeIdentifier.vo2Max.
  2. Investigating the accuracy of Apple Watch VO2 max measurements: A validation study. PLOS ONE. 2025. https://ideas.repec.org/a/plo/pone00/0323741.html
  3. Lafrenz AJ, Wingo JE, Ganio MS, Cureton KJ. Effect of ambient temperature on cardiovascular drift and maximal oxygen uptake. Med Sci Sports Exerc. 2008.
  4. Cottle RM ほか. Cardiovascular drift during heat stress: implications for the critical environmental limits. J Appl Physiol. 2023.
  5. Suunto Race S 公式ヘルプ. Widgets - Progress. https://www.suunto.com/Support/Product-support/suunto_race_s/suunto_race_s/widgets/progress/
  6. Terra Research. Does heat make you run slower?(査読なしの企業分析)
  7. 気象庁 過去の気象データ(横浜). https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/index.php
  8. Pasadyn SR ほか. Accuracy of commercially available heart rate monitors in athletes: a prospective study. Cardiovasc Diagn Ther. 2019;9(4):379-385. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6732081/